หมอลำม่วย


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CASE  STUDY
หมอลำม่วย
 
 
  
    父は中国人でチャシェンサウ県で生まれましたが、あまりそこで育ってはいません。なぜなら8歳の時に勉強の為に中国に行かされたからです。教師の勉強をし、その後軍隊の訓練を受け軍人となりました。第2次世界大戦が始まると父はタイへ帰ってきました。中国語教師として働き、中国とタイの血を受け継いだ女性教師と知り合い結婚しました。結婚後ヤラー県へ引越し、そこで教師を続けました。そして3人の子供を授かりました。

    父は一般的な奉仕活動を好み、よくしていました。仏教について理解していませんでしたが、毎年ガティナ式の日には欠かさずに功徳を積んでいました。でも私がお寺で布施をすることをあまり好んではいませんでした。父はタバコが好きで死ぬまで吸っていましたが、お酒はまったく飲まない人でした。ある日の夕方、食事を終えると父はソファーでリラックスしていました。その後睡魔に襲われた父はそのままソファーから落ちました。近くで遊んでいた孫は驚きおじいちゃんが息をしていないと騒ぎました。父は81歳で亡くなりました。

      母は自分が怒りやすい人間だと誰にでも言っていました。何か気に入らない事があるとそれをはっきりと言葉と表情を使い表す人です。そんな怒りっぽい母でしたが、よく私達をお寺に連れて行ってくれていました。お弁当を作っていったりしました。母は説法を聞くのが好きでした。中国の血を引いていますが母の実家には神社に手を合わせる習慣はありませんでした。あったのは仏像と三宝を祭る棚だけでした。しかし年を取ると観音様やクマーントーンという神を礼拝するようになりました。どうしてこんなにも人が変わってしまったのだろうと、私は不思議に思いました。母はある人に連れられこの世に誕生した観音様だとさてる人を参拝する為に台湾へ行きました。そして観音様の戒律を守り、菜食主義になり、不思議な力を授かることができるようにと修行しています。この宗教活動をしている人達は世界中にたくさんいます。
 
    1993年頃、母の左胸に癌が見つかり、左胸を全摘する手術を受けました。母がとても不安そうにしていたので、私はクンヤーイのもとへ三拝に連れて行きました。クンヤーイは大丈夫だと言ってくれたのですが、母はそれを信じませんでした。私が瞑想コースに誘っても参加しようとはしませんでした。最後に私は母の名前をつけた仏像を安置する為にお布施をしたいから一緒にしませんかと誘いました。すると母はそれを承諾してくれました。私は毎日プラモンコンテープムニー大師にもしお寺のスタッフとして功徳を積む機会があるのなら、母を癌から救ってくださいと祈願しています。

    術後に、それは腫瘍でないことが分かりました。医師は頭を抱え、病院の施設がおかしくなってしまったのではと考えていました。そして私に他の病院で検査を受けてみるようにとお金を渡してくれました。そこでも癌ではないと診断されました。母はクンヤーイを信じなかった為に癌ではなかったのに片方の胸を失くすはめになったのだと思いました。

    私は3人兄弟の真ん中です。中国人の家に生まれたのに、神社に手を合わせるようにとは教育されてきませんでした。おまけに小さな頃からお寺へ入っていました。5歳の頃から母にくっ付いてお寺に行き、お経をしたり、瞑想をしたりしていました。8歳になり、ラーチャナッダー寺院の老僧と瞑想修行する機会に恵まれました。呼吸に集中する瞑想方法をしたことがあります。その結果明るいものが見え、とても落ち着き、幸せを感じる事ができました。

    小さな頃からよく熱を出していました。そんな私を心配し、母は僧侶に子供を預ける儀式をすれば子供が元気になると聞きつけ、実際にその儀式を行いまいした。私はこれまで本当に様々な病気を患ってきました。

    3歳の頃、私と兄は猫と遊ぶのが好きでした。協力して猫に水浴びをさせていました。母は猫は大丈夫だけど、あなたが病気になって死んでしまうわと言っていました。しかし私は治療を受けるとすぐに治りました。私は色々なものにアレルギー反応を起こしていました。気候やほこり、草や木のアレルギーも持っていました。

    15歳になった頃、母がヨガを教えてくれました。真面目にヨガをしました。その後18歳になるとアレルギーを起こさなくなりました。それに車酔いもしなくなりました。25歳では知識を深めるとヨガがもっと好きになりました。その頃私の体の調子はとても良くなっていました。
 
    2003年、お寺で生活を始めた頃、腎臓に異変が起こりだしていました。喉も腫れ、右側の喉が左側より大きく腫れていました。医師はその原因を沃素が欠いているからだと言っていました。私は海鮮料理が大好きで、南部で生まれてから毎日魚料理を食べていました。バンコクへ越してきてもやはり海鮮料理を毎日口にしていました。それに濃い味が好きです。それなのに沃素が足りないと言われたので、私はとても不思議に思いました。
 
     2006年11月9日頃から急に心拍数が120/1分と上がりました。左胸がとても痛み、力が入らずとても疲れるようになりました。緊急入院をし病院で3日間過ごしました。私は何とか生き延びる事が出来ました。
   
    お寺のスタッフとなる10年前、まだ若かった頃に母は私をある男性と結婚させようと考えていました。母は彼を紹介し、私は彼と出かけたり、家にまで遊びに来ていました。それでも私はなんとも思っていませんでした。結婚をあまりしたくはありませんでした。何度も断りましたが、そのたびに母はどうにかさせようと努力していました。
 
    ある夜、寝ようと横になったのですが、まったく眠くなりませんでした。むしろいつもより確りとした意識がありました。開いているドアの方を見つめていると、そこに大師のような僧侶が見えました。その時不思議と枕を掴む力が働き、枕を握りました。そして何か硬いものがあるのを感じました。いつもと違ったので電気をつけて見てみると、そこに新しく黒い糸で縫われた縫い目を見つけました。

    その瞬間、私はサンマーアラハンと心の中で唱えました。魔術をかけれたのではないかと思い、何も起きませんようにと願い、サンマーアラハンと何度も繰り返しました。しっかりと意識を持ち、糸をはさみで切りました。黒い糸で縫われた所には、小さな写真が付けられていました。それは私と彼の写真でした。私は再び、私の中に魔術が入り込まないように願いながら、その写真を細かく切り刻みました。そして部屋の外の踊り場に出ると家の近くにある池にその写真を投棄しました。気分が晴れたので急いで大師に手を合わせました。私は大師が助けに来てくれたのだと信じています。
 
質問

1.    死後父はどこへ行きましたか。供養した功徳は届きましたか。伝言はありますか。

2.    母は鬼として生まれた事はありますか。冷静にさせるためにはどうすればいいですか。

3.    母は胸を切除されたのに癌が見つからなかったのはなぜですか。なぜ切除前には癌が見つかったのですか。なぜ母は助かったのですか。プラモンコンテープムニー大師の力ですか。

4.    母は三宝に帰依していたのに、なぜ変わってしまったのですか。過去世、母はどんな功徳をしていたのですか。

5.    なぜ多くの人々はあの開祖を尊敬しているのですか。来迎は本当にいますか。どこに生まれるのですか。来迎を信じている人が原始仏教を理解する可能性はありますか。  

6.    私が一時的に喘息を患ったのはなぜですか。アレルギー、蕁麻疹などを患ったのはなぜですか。なぜ私は心拍数が異常に早くなり死にそうになったのですか。

7.    5歳の時に階段を落ち顎の骨を折ったり、8歳の時に誰かに医師を投げつけられて目じりを縫うことになったのはなぜですか。それでも目には何の問題も起こらなかったのはなぜですか。

8.    なぜ幼い頃から神社へは行かずお寺に行って瞑想をする機会に恵まれたですか。
 
9.    魔術をかけられても全く効かなかったのはなぜですか。

10.    前の仏陀の時代、私は仙人として生まれたことはありましたか。どんな功徳を積んでいましたか。どんな役割を担っていますか。瞑想の結果はどうでしたか。

答え
1.    お父さんは生前仏教行事で功徳を積んでいたので、死後ある土地の天人の村に高級の土地の天人として生まれ変わりました。
  • あなたに「供養してくれてありがとう。幸せに暮らしています。時々家に訪ねて行ったこともありましたよ。」と言っていました。


2.    お母さんが怒りっぽい性格は前世からのものです。しかしお母さんの前世は鬼ではありません。お母さんにたくさん瞑想をさせ、物事に執着しないように勧めてあげて下さい。そうすればお母さんはもっと冷静になります。 
  • お母さんが乳癌と診断され乳房を切られた原因は、過去世男性に生まれたお母さんが淫らな行為をしていたからです。その悪い報いがかなり軽くなった為に仏像を安置した功徳とプラモンコンテープムニー大師のおかげで、完治させることができました。
 
 
  • คุณแม่ถูกตัด “เต้านม” ทิ้ง   เพราะ....เศษกรรมกาเมเจ้าชู้ในระดับที่อ่อนลงมาแล้วในสมัยที่ท่านเกิดเป็นผู้ชายมาส่งผลจ่ะ !   
  • ท่านเป็นมะเร็งในระยะแรก, แต่เนื่องจากวิบากกรรมอ่อน จึงทำให้บุญที่สร้างพระให้ท่านมารวมกับอานุภาพของพระเดชพระคุณหลวงปู่มาช่วยตัดรอนให้หายขาดได้จ่ะ !
 

 
 
3.    お母さんは仏教教徒として功徳を積んできました。しかし過去世では仏教に出会えない生涯もありました。それは三宝に帰依した生涯もあれば、今世のように神を崇拝する仏教を信仰していたこともあったからです。

 

 
 
4.    その宗派の開祖が多くの人々に尊敬されるのは、過去世彼がこのような神を崇拝するという変わった仏教を信仰し社会貢献のような功徳をたくさん積んで、来世では当時のその宗派の開祖のように多くの人々に尊敬されるようにと祈願していたからです。   
  • 何世にも渡ってそのような信仰をもっていたのでいつも第1天国に生まれていました。
 
  
  • 観世音自在神は変わった仏教信者が信仰しているとされる神様のことです。ですから気にしないほうがいいでしょう。信じるべきものは仏陀です。 
  • このような信仰を持つほとんどの人々は、死後第1天国において生前同じ信仰をもつ人々の集団がいる場所に生まれ変わります。
  • それらの信仰をやめなければ、仏教を正しく理解することはできないでしょう。


5.    あなたが短期間喘息を患っていたのは、過去世騎馬の兵士だったあなたが長期間馬に乗り、馬を苦しめていたからです。
  • きちんと馬の世話をしていたので今世喘息を患っても、短期間だけで完治することができました。しかしその悪い報いが完全になくなったわけではありません。
  • ですから怒りっぽい性格をしている報いと重なり甲状腺病と心拍数に異常が起こり死にそうになったのです。
  • 皮膚が異常に敏感になったのは、過去世年上の親戚や両親とよく言い争っていたからです。
 

6.    5歳の時あなたが階段から落ち額が裂けたのは、過去世子供だったあなたが故意ではなく友達を階段から落としてしまったからです。
  • 8歳の時何者かに石を投げられ、右目の目尻が切れてしまったため目を縫わなければなりませんでしたが目には問題はありませんでした。それは過去世あなたが友達と土塊を投げる遊んでいた時にわざとではなかったのですが土塊を友達の目尻に当てしまったからです。

7.    中国系タイ人のあなたは神社に参拝せず、子供の時からお寺で瞑想を実践してきました。それは過去世仏教徒として功徳を積み、『三宝に帰依し、子供の時から仏教の教えを学ぶことができますように』と祈願していたからです。


8.    魔術をかけられたのに全く効かなかったのは、過去世魔術などを信じたことがなかったからです。過去世男性だったあなたは魅力があり結婚をするところでした。結婚しなかったのは、過去世『禁欲生活を送ることができますように』ときちんと祈願していたからです。


9.    あなたはヨーガが大好きです。それは現世ヨーガをすることで健康になったからです。
  • 近い過去世仙人に生まれていませんでした。 
 
  • あなたは前の仏陀の時代、ある王様に仕える軍人でした。後に王様に従い出家し布教活動に貢献しました。そして生涯僧侶として過ごしました。瞑想の結果、透明な水晶玉や仏像を見ることが出来ました。死後、第4天国に生まれました。   

  • しかし当時軍人だったあなたは女性を虜にしていたため現世では女性として生まれました。
  • 現世、仏教と廻り合えたのですから、できるだけ功徳を積む事に励んで下さい。そして菩薩の領域『とそつ天』に生まれる事を願いましょう。
 


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