二番はいない9

『二番はいない』

クンヤーイ(お婆さん)　ウバーシカー(優婆夷)

チャン　コンノックユーン

の生涯

9.ルァンプーの遺言

1954年大師が亡くなる5年前、ルァンプーは、寺院関係者全員を集め、重大な発表をしました。ご自分が、5年後に亡くなるということでした。そのため、皆に「この法身の知識を、全世界の人々に広く知って欲しいと。」

チャン一人には、ワット・パークナーム寺院に残って、法身の知識を引き継ぐ後継者が現れることを待つように、と指示をしました。

この5年後、本当にルァンプーは、重い病に倒れ、病床に伏しました。弟子の僧侶たちは、昼夜通して、ルァンプーを囲み看病を続けました。ルァンプーは、非常に戒律に厳格で、このため、女性であるチャンは、看病したくとも近づくことすら出来ませんでした。そして、1959年2月3日、午後３時に、大師はお亡くなりになられました。

この後、寺院の高弟たちは、それぞれ別の道を歩むことになりました。別の寺院に入ったり、田舎に帰ってしまったり、あるいは、寺院に残っても、自分の住まいで瞑想指導したり、というような状況でした。チャンは、ルァンプーの遺言通りどこにも行かず、瞑想を知るきっかけになった恩人のトーンスック先輩の世話をしながら、後継者が現れることを待っていました。

ルァンプーが亡くなる以前から、チャンは、トーンスック先輩と一緒に住んでいました。ルァンプーの指示によって瞑想指導の旅をしていた先輩は、始終全国を駆け回っており、寺院に戻ったときは疲労困憊で、その苦労に報いるための、お世話をするチャンでした。

また先輩は、ルァンプーの新しい瞑想指導の知識を聞いていないために、この新知識をチャンから教わりました。このように二人の関係は、師弟でもあり、また、本当の姉妹のように仲の良いものでした。

1960年、トーンスック先輩が子宮癌によって倒れ、シリラード病院に運び込まれました。一旦は回復となって、寺院に戻りましたが、その後、何度も再発し、病院と寺院との往復を繰り返しました。そして、病院での治療も施しようがなくなり、寺院で床に伏せっていました。回復不能に陥ったトーンスック先輩は、高熱によって、愚痴ばかり口にしましたが、チャンは、文句一つも口にせず看病を続けました。

病に苦しんでいる先輩は、薬を飲む時間になっても、駄々をこねながら、素直に飲もうとせず、チャンは、先輩の機嫌を損なうことのないように気を使いながら、気長に看病をしました。先輩は回復が不可能だと知りながらも、人の恩を知るチャンは、お世話の手を抜くことはありませんでした。

子宮癌の末期には、患部から強烈な悪臭を放ちますが、常人には近寄り難い先輩の体を拭き清め、服を着替えさせたり、香水をかけたりと、一切嫌がる様子も見せずにお世話を続けました。先輩は、全国に弟子たちも多く、その弟子たちが見舞いに訪れた際に、先輩の悪臭や、見苦しい姿を少しでも和らげたい思いからでした。

ある日、トイレから出てきたトーンスック先輩は、重態の患者とは、とても思えないような軽やかな物言いで、「チャン、私の腸は、もう腐って切れちゃった」、そして微笑みながら、「死ぬときは、あなただけがいるね」と言いました。その言葉をチャンは、心が完全に静止した者らしく、動揺もせずに聞きました。

チャンの太ももに頭を横たえていた先輩は、癌末期の想像を絶する痛みに耐えながら、最期の言葉を発しました。「沢山の仏像が見えるよ」と、その言葉を聴いたチャンは、法身に至った者同士のみが分かる言葉で答えました。

「先輩、真っ直ぐ、涅槃に突き進んでね」と言った途端に、先輩は、息を引き取りました。

チャンにとって、先輩は掛け替えのない恩人で、法身に至ったのも、先輩がいたらこそであり、この先輩のために、自分が出来る精一杯の供養と、お葬式を挙げました。先輩を安置するための棺桶は、王室が使用したものを借り受けて、これに、様々な花を飾り付けました。そして、寺院前の供養式場所での、僧侶の読経を唱えた後に、仏教の伝統通り先輩の遺骨を河に流しました。

その後チャンは、ルァンプーの遺言を思い返し、法身の後継者が現れるのを、今か今かと心待ちしていました。そして、その希望に叶いそうな若者が現れました。その若者は、瞑想に興味を持って、チャンに指導を申し込んできたのですが、その瞑想の上達振りが驚くほど早かったので、この若者こそ、ルァンプーの遺言通りの後継者だ、と確信したのです。